コンサルタントや会計職(税理士・公認会計士・会計コンサルタント)を目指している学生のみなさん向けに、日本経営グループのリクルーターや採用担当者が、採用活動の舞台裏や就職活動に役立つ情報などを発信していきます。

CAから税理士に

本日は、当社社員の経歴・人柄・取り組みを紹介します。
中途社員として入社し、18年が経過した税理士の荻野です。

“Connecting The Dots:Steve Jobs
すべての経験は未来へと繋がる:スティーブジョブズ”




CAとしての香港生活

同志社大学経済学部卒業後、外資系の航空会社でCAとして働くことが決まり香港での生活を始めました。フライト・クルーは毎回異なるメンバーで、日本人は一人か二人という仕事場でした。
全てが珍しく、異国での生活環境も毎日が新鮮でした。何を感じ、学んだでしょう?まさしく人類の多様性とその尊重の大切さでした。クルーの殆どは国籍が異なり、教科書で学んだような各国の社会情勢、教育レベル、宗教、文化の違いをすべて理解することはできなくても、仲間を尊重する姿勢がなければ一緒に働くことはできません。また、自分の考えを述べなければ、日本の文化のように“思いをくみ取る”といったことも期待できないことを仕事の現場で学びました。
約2年の勤務後は結婚の準備のために退社をし、日本へ帰ることになりました。

CAからMRへ

帰国後は幸運にもフライト中に採用されたアメリカのデパートの日本支社で働くことができました。衣類を扱うMR(Marketing Representative)のポジションでした。
アメリカのデパートで販売する衣類を日本で製造、検品そして輸出を期限までに行うためのスケジュールや価額等を管理する業務でした。アメリカ的合理主義に基づいて設定されたデッドラインや契約金額に合わせる仕事の難しさ、厳しさはCAでの仕事では感じたこともないものでした。NewYorkへの出張も経験し、やりがいのある日々でした。
しかしながら、子供を出産後は仕事の調整が難しくなり辞めざるをえなくなり、育児に専念をしました。

日本からEnglandへ

結婚、出産という節目には仕事への関わり方を見直さざるをえない女性として、子育て後に社会復帰するためには、そして長く働く為には何が必要でしょうか?
分断されたキャリアなど社会で評価されるはずもなく、自分自身にまずある程度の社会的評価が得られるような資格を得なければ、社会人としての長いブランクを経て働くことは難しいと感じ始めました。
子供2人の育児の手がある程度離れる期間を当時、あと8年と考えました。逆算してその期間をかけて、社会的使命のある税理士資格取得に向けて動き出すことを決意しました。
通信教育を利用して日商3,2級を先ず取得し税理士コースへと移ろうとしたその時に、医師である夫のイギリス留学が決まりました。決意の中断を余儀なくされましたが、伝統を大切に守りながらモダンを取り入れるイギリス人社会に身を置くことで、軽薄短小化へと進む日本社会を客観的に外から見つめる機会となりました。
その後の私の人生において大切にしたい価値観の一つである“不易流行”という言葉の意味を考え始めたのはこの頃でした。

Englandから日本へ

帰国後は育児、家事の傍ら、当時の自宅があった天理から税理士コースを受けるため専門学校のある難波まで片道1時間半をかけて6年間通い、簿記、財務諸表、法人税、相続税、消費税の5科目に合格しました。
何か資格がある方が女性の社会復帰には有利という現実もありますが、私にとっての成長の原点はこの税理士資格への挑戦に他なりません。『人間は人生の中で何かひとつ真剣に取り組み、やり遂げたという達成感を持てれば心の支えとなる』―これは私の経験から得た持論ですが、困難を乗り越える勇気となり、その後に得たブレない心の強さは今の私にとってかけがえのないものです。


主婦から税理士へ

何とか自分が設定した期限までに資格取得はできたものの子育てに中断はありません。主婦の私にとって複数の時間帯による働き方がある日本経営ウイル(税)の勤務体系は非常にありがたいものでした。
ここで税理士としての仕事をゼロから学びました。現在は税務審理部で、税務品質を保つためのさまざまな業務に携わっています。担当も持ち、お客様への訪問をはじめ、申告書の検算、外部からの税理士先生をお招きしての税務問題を検討する会の運営、他部門からの税務に関する質問への回答書の作成、社内研修の講師、“品質向上”、“書面添付”といった業務推進プロジェクトメンバーとしても活動しています。
税務においてはスペシャリストである自覚と、営業担当者としてのリアルな現場を知るコンサルとしての発想を自分の大切な両輪として持つよう心がけています。

すべての経験は未来へと繋がる

振り返ればキャリアの分断、決意の中断を経て現在の自分に至っているわけですが、自分一人の努力ではなく常に家族の支えがあったことも感謝すべきことです。強い意志を持ち心臓外科医としてのキャリアを貫きとおす主人の姿勢がいつも私の生き方を後押ししてくれました。二人の子供も家族の各々の立場を理解しようと努めてくれたと思います。その長男、長女も主人と同じく医学の道に進みました。


生涯の仕事を人生の早い段階で見つける人もいれば、私のように様々な仕事、経験そしてブランクを経てたどり着く人もいます。
現在と過去の自分を大切に、すべての経験と努力は将来に繋がる、Connecting The Dots:Steve Jobsを信じ、今後も税理士としての研鑽に努めていきたいと思います。



日本経営ウィル税理士法人
税務審議部
税理士 荻野真由美